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量子力学の未解決問題 : 観測問題、量子古典対応、量子重力

Shogo TANIMURA, Shogo Tanimura

Published Jan 1, 2025• 0 citations
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Abstract

2025年1月6,7日に核融合科学研究所で開催されたプラズマ科学のフロンティア2024研究会における講演。2025年は量子力学100周年記念にあたる年であることを踏まえて、量子力学に関連した物理学の未解決問題を列挙し、とくに重力の量子論の必要性の有無について議論した。とくに、量子力学的粒子間にニュートン重力ポテンシャルが作用するというだけでは、重力場が量子場であることの証拠にはならないことを指摘した。それは、2つの電子の間にクーロンポテンシャルが作用する状況が電磁場が量子場であることの証拠にはならないことと同型である。重力場そのもの(リーマン曲率の成分など)が非可換物理量であることを実証するのが量子重力場の直接的な検証になるであろう。もしくは、量子系が重力場の源になるときは、必ず時空位置に関する波束の収縮を伴い、古典化しているのかもしれない。対偶を言えば、位置の重ね合わせ状態にある系は重力場の源になれない、のかもしれない。その意味で、重力場は古典場しかないのかもしれない。

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量子力学の未解決問題 : 観測問題、量子古典対応、量子重力

Shogo Tanimura

2025年1月6,7日に核融合科学研究所で開催されたプラズマ科学のフロンティア2024研究会における講演。2025年は量子力学100周年記念にあたる年であることを踏まえて、量子力学に関連した物理学の未解決問題を列挙し、とくに重力の量子論の必要性の有無について議論した。とくに、量子力学的粒子間にニュートン重力ポテンシャルが作用するというだけでは、重力場が量子場であることの証拠にはならないことを指摘した。それは、2つの電子の間にクーロンポテンシャルが作用する状況が電磁場が量子場であることの証拠にはならないことと同型である。重力場そのもの(リーマン曲率の成分など)が非可換物理量であることを実証するのが量子重力場の直接的な検証になるであろう。もしくは、量子系が重力場の源になるときは、必ず時空位置に関する波束の収縮を伴い、古典化しているのかもしれない。対偶を言えば、位置の重ね合わせ状態にある系は重力場の源になれない、のかもしれない。その意味で、重力場は古典場しかないのかもしれない。

•Jan 1, 2025•0 citations

量子力学の未解決問題:なぜマクロ古典力学系があるのか?

Shogo Tanimura

2025年3月10, 11日に東京大学 柏キャンパス 生産技術研究所で開催された Quantum Foundations 2025(QF25)研究会における講演資料。2025年は量子力学100周年にあたる年であることを踏まえて、ここでは量子力学に関連した未解決問題について論じた。とくに人間サイズのマクロ系は、原子や電子など量子力学に従うミクロ要素でできているにも関わらず、量子力学とは異質な古典力学の法則に従っているように見える。構成要素が従う基本法則からストレートに演繹的説明ができないような性質や挙動が集団系において顕在化することは創発と呼ばれるが、演繹的説明は自明ではないにしても、「ミクロ系が集まってマクロ系ができている」という存在様式は確実な事実であるからには、マクロ古典系の創発もミクロ量子力学を基礎として演繹はできなくても、少なくとも正当化されるべきである。本講演では、相対論的場の量子論を基礎において、基底状態と励起状態の間にエネルギーギャップがあるmassiveな量子場から低エネルギー極限で粒子数の確定した非相対論的質点の量子力学が導かれ、さらに粒子数無限大の集団極限で古典力学が導かれるという筋書きを紹介した。とくに無限自由度量子系代数の表現のセクター構造から古典的可換変数の存在が導かれることが、この筋書きを裏付けている。また、エネルギーギャップを持たないmassless量子場からの低エネルギー極限では粒子数不定コヒーレント状態を経由して古典場の理論が導かれる。最大の難問は、観測による波束の収縮の導出である。これについては議論の余地が大いにあるが、ペンローズの重力収縮仮説は一つの可能性を提示している。この点も含めて今後の研究の見通しについて論じた。

•Mar 1, 2025•0 citations

量子力学の未解決問題:なぜマクロ古典力学系があるのか?

Shogo TANIMURA, Shogo Tanimura

2025年3月10, 11日に東京大学 柏キャンパス 生産技術研究所で開催された Quantum Foundations 2025(QF25)研究会における講演資料。2025年は量子力学100周年にあたる年であることを踏まえて、ここでは量子力学に関連した未解決問題について論じた。とくに人間サイズのマクロ系は、原子や電子など量子力学に従うミクロ要素でできているにも関わらず、量子力学とは異質な古典力学の法則に従っているように見える。構成要素が従う基本法則からストレートに演繹的説明ができないような性質や挙動が集団系において顕在化することは創発と呼ばれるが、演繹的説明は自明ではないにしても、「ミクロ系が集まってマクロ系ができている」という存在様式は確実な事実であるからには、マクロ古典系の創発もミクロ量子力学を基礎として演繹はできなくても、少なくとも正当化されるべきである。本講演では、相対論的場の量子論を基礎において、基底状態と励起状態の間にエネルギーギャップがあるmassiveな量子場から低エネルギー極限で粒子数の確定した非相対論的質点の量子力学が導かれ、さらに粒子数無限大の集団極限で古典力学が導かれるという筋書きを紹介した。とくに無限自由度量子系代数の表現のセクター構造から古典的可換変数の存在が導かれることが、この筋書きを裏付けている。また、エネルギーギャップを持たないmassless量子場からの低エネルギー極限では粒子数不定コヒーレント状態を経由して古典場の理論が導かれる。最大の難問は、観測による波束の収縮の導出である。これについては議論の余地が大いにあるが、ペンローズの重力収縮仮説は一つの可能性を提示している。この点も含めて今後の研究の見通しについて論じた。

•Mar 1, 2025•0 citations

「コペンハーゲン解釈」って呼ぶのをやめよう

Shogo Tanimura

2025年1月11,12日に岡山大学津島キャンパスで開催された第11回QUATUO研究会における講演資料。全57ページ。量子力学は抽象的・数学的な物理理論だが、この理論を現実世界における経験・観察事項とどのように対応させるかという方式・規則が、量子力学の解釈である。量子力学の解釈には諸説あるが、今日一番標準的とされているのがコペンハーゲン解釈である。とは言うものの、コペンハーゲン解釈の内容についても諸説あり、論者ごとにコペンハーゲン解釈の内容をそのつど適当に設定しているように見える。このような混乱がどうして起こったのか、そもそも誰が最初に「コペンハーゲン解釈」という用語を使い始めたのかを探る論考を解説した。今のところ、1955年にハイゼンベルクが言ったあるいは書いたのが「コペンハーゲン解釈」の初出だと思われる。ハイゼンベルクの動機について歴史的背景を交えながら推測した。結論としては、コペンハーゲン解釈は内容が不明確で、形式的に量子力学の解釈になっておらず、命名の動機も科学的な理由はないので、「コペンハーゲン解釈」という呼称の使用は控えた方がよいという判断に達した。一方で、ボーアを囲む研究者たちの平等で自由闊達な精神風土は「コペンハーゲン精神」と呼ばれることがあり、仁科芳雄氏はこの精神と量子力学の知識を日本に持ち帰った物理学者としても知られている。仁科芳雄氏を顕彰する施設である仁科会館を2025年1月13日に研究会メンバーたちと一緒に訪ね見学した。ここで見聞したことの一部を講演資料の補足ページで紹介した。

•Jan 6, 2025•0 citations

Building a new epistemic logic 20 : Aporia of quantum mechanics

啓司 鈴木

「新たなる認識論理の構築」シリーズの第20篇である。前回の「集合論のアポリア」に続き,今回は量子力学のアポリアを取り上げる。1視点古典的世界像の問題を2視点認識構造から見る筆者の視点は,ここでも一貫している。量子力学におけるアポリアは,そこに垣間見える2視点認識構造をあくまで古典物理1視点モデルで解釈しようとするところに根差している。観測問題,シュレディンガーの猫,EPRパラドクスしかりである。それらをより認識論の視点から見ることで,アポリア解決への新たな地平が開けてくる。観測で決定されるのは対象の状態ではなく,観測者の立ち位置(内部状態)である。それは,「モノそのものであるコト」を記述する言語の必要性をやはり要請してくるのである。

•Jan 31, 2023•0 citations

逆正弦法則,量子古典対応,量子ウォーク

西郷甲矢人

日本物理学会講演概要集•Jan 1, 2017•0 citations
2025年1月6,7日に核融合科学研究所で開催されたプラズマ科学のフロンティア2024研究会における講演。2025年は量子力学100周年記念にあたる年であることを踏まえて、量子力学に関連した物理学の未解決問題を列挙し、とくに重力の量子論の必要性の有無について議論した。とくに、量子力学的粒子間にニュートン重力ポテンシャルが作用するというだけでは、重力場が量子場であることの証拠にはならないことを指摘した。それは、2つの電子の間にクーロンポテンシャルが作用する状況が電磁場が量子場であることの証拠にはならないことと同型である。重力場そのもの(リーマン曲率の成分など)が非可換物理量であることを実証するのが量子重力場の直接的な検証になるであろう。もしくは、量子系が重力場の源になるときは、必ず時空位置に関する波束の収縮を伴い、古典化しているのかもしれない。対偶を言えば、位置の重ね合わせ状態にある系は重力場の源になれない、のかもしれない。その意味で、重力場は古典場しかないのかもしれない。
2025年1月6,7日に核融合科学研究所で開催されたプラズマ科学のフロンティア2024研究会における講演。2025年は量子力学100周年記念にあたる年であることを踏まえて、量子力学に関連した物理学の未解決問題を列挙し、とくに重力の量子論の必要性の有無について議論した。とくに、量子力学的粒子間にニュートン重力ポテンシャルが作用するというだけでは、重力場が量子場であることの証拠にはならないことを指摘した。それは、2つの電子の間にクーロンポテンシャルが作用する状況が電磁場が量子場であることの証拠にはならないことと同型である。重力場そのもの(リーマン曲率の成分など)が非可換物理量であることを実証するのが量子重力場の直接的な検証になるであろう。もしくは、量子系が重力場の源になるときは、必ず時空位置に関する波束の収縮を伴い、古典化しているのかもしれない。対偶を言えば、位置の重ね合わせ状態にある系は重力場の源になれない、のかもしれない。その意味で、重力場は古典場しかないのかもしれない。
2025年3月10, 11日に東京大学 柏キャンパス 生産技術研究所で開催された Quantum Foundations 2025(QF25)研究会における講演資料。2025年は量子力学100周年にあたる年であることを踏まえて、ここでは量子力学に関連した未解決問題について論じた。とくに人間サイズのマクロ系は、原子や電子など量子力学に従うミクロ要素でできているにも関わらず、量子力学とは異質な古典力学の法則に従っているように見える。構成要素が従う基本法則からストレートに演繹的説明ができないような性質や挙動が集団系において顕在化することは創発と呼ばれるが、演繹的説明は自明ではないにしても、「ミクロ系が集まってマクロ系ができている」という存在様式は確実な事実であるからには、マクロ古典系の創発もミクロ量子力学を基礎として演繹はできなくても、少なくとも正当化されるべきである。本講演では、相対論的場の量子論を基礎において、基底状態と励起状態の間にエネルギーギャップがあるmassiveな量子場から低エネルギー極限で粒子数の確定した非相対論的質点の量子力学が導かれ、さらに粒子数無限大の集団極限で古典力学が導かれるという筋書きを紹介した。とくに無限自由度量子系代数の表現のセクター構造から古典的可換変数の存在が導かれることが、この筋書きを裏付けている。また、エネルギーギャップを持たないmassless量子場からの低エネルギー極限では粒子数不定コヒーレント状態を経由して古典場の理論が導かれる。最大の難問は、観測による波束の収縮の導出である。これについては議論の余地が大いにあるが、ペンローズの重力収縮仮説は一つの可能性を提示している。この点も含めて今後の研究の見通しについて論じた。
2025年3月10, 11日に東京大学 柏キャンパス 生産技術研究所で開催された Quantum Foundations 2025(QF25)研究会における講演資料。2025年は量子力学100周年にあたる年であることを踏まえて、ここでは量子力学に関連した未解決問題について論じた。とくに人間サイズのマクロ系は、原子や電子など量子力学に従うミクロ要素でできているにも関わらず、量子力学とは異質な古典力学の法則に従っているように見える。構成要素が従う基本法則からストレートに演繹的説明ができないような性質や挙動が集団系において顕在化することは創発と呼ばれるが、演繹的説明は自明ではないにしても、「ミクロ系が集まってマクロ系ができている」という存在様式は確実な事実であるからには、マクロ古典系の創発もミクロ量子力学を基礎として演繹はできなくても、少なくとも正当化されるべきである。本講演では、相対論的場の量子論を基礎において、基底状態と励起状態の間にエネルギーギャップがあるmassiveな量子場から低エネルギー極限で粒子数の確定した非相対論的質点の量子力学が導かれ、さらに粒子数無限大の集団極限で古典力学が導かれるという筋書きを紹介した。とくに無限自由度量子系代数の表現のセクター構造から古典的可換変数の存在が導かれることが、この筋書きを裏付けている。また、エネルギーギャップを持たないmassless量子場からの低エネルギー極限では粒子数不定コヒーレント状態を経由して古典場の理論が導かれる。最大の難問は、観測による波束の収縮の導出である。これについては議論の余地が大いにあるが、ペンローズの重力収縮仮説は一つの可能性を提示している。この点も含めて今後の研究の見通しについて論じた。
2025年1月11,12日に岡山大学津島キャンパスで開催された第11回QUATUO研究会における講演資料。全57ページ。量子力学は抽象的・数学的な物理理論だが、この理論を現実世界における経験・観察事項とどのように対応させるかという方式・規則が、量子力学の解釈である。量子力学の解釈には諸説あるが、今日一番標準的とされているのがコペンハーゲン解釈である。とは言うものの、コペンハーゲン解釈の内容についても諸説あり、論者ごとにコペンハーゲン解釈の内容をそのつど適当に設定しているように見える。このような混乱がどうして起こったのか、そもそも誰が最初に「コペンハーゲン解釈」という用語を使い始めたのかを探る論考を解説した。今のところ、1955年にハイゼンベルクが言ったあるいは書いたのが「コペンハーゲン解釈」の初出だと思われる。ハイゼンベルクの動機について歴史的背景を交えながら推測した。結論としては、コペンハーゲン解釈は内容が不明確で、形式的に量子力学の解釈になっておらず、命名の動機も科学的な理由はないので、「コペンハーゲン解釈」という呼称の使用は控えた方がよいという判断に達した。一方で、ボーアを囲む研究者たちの平等で自由闊達な精神風土は「コペンハーゲン精神」と呼ばれることがあり、仁科芳雄氏はこの精神と量子力学の知識を日本に持ち帰った物理学者としても知られている。仁科芳雄氏を顕彰する施設である仁科会館を2025年1月13日に研究会メンバーたちと一緒に訪ね見学した。ここで見聞したことの一部を講演資料の補足ページで紹介した。
「新たなる認識論理の構築」シリーズの第20篇である。前回の「集合論のアポリア」に続き,今回は量子力学のアポリアを取り上げる。1視点古典的世界像の問題を2視点認識構造から見る筆者の視点は,ここでも一貫している。量子力学におけるアポリアは,そこに垣間見える2視点認識構造をあくまで古典物理1視点モデルで解釈しようとするところに根差している。観測問題,シュレディンガーの猫,EPRパラドクスしかりである。それらをより認識論の視点から見ることで,アポリア解決への新たな地平が開けてくる。観測で決定されるのは対象の状態ではなく,観測者の立ち位置(内部状態)である。それは,「モノそのものであるコト」を記述する言語の必要性をやはり要請してくるのである。