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量子コンピューティング技術の生命科学研究への応用可能性:現状と将来展望

八幡 憲明

Published Nov 6, 2023• 0 citations
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Abstract

近年、量子コンピューティング関連技術の研究開発が急ピッチで進められている。本講演ではその現状を概観すると共に、これを将来の生命科学研究、ひいては精神医学研究において活用する見通しについて検討を行う。まず、量子コンピュータで用いられる計算アルゴリズムをベースとして、内積計算や固有値分解などの基本的な線形代数演算、ないし主成分分析・正準相関分析を、古典コンピュータにおいても高速近似する量子インスパイアドアルゴリズム(量子着想アルゴリズム)を紹介する。通常手法による主成分分析・正準相関分析では、取り扱うデータの次元数Dの3乗に比例する計算時間を要するが、量子インスパイアドアルゴリズムを用いると計算時間が対数(log D)程度まで低減できる。従って、これまでは実現困難だった超高次元データの要約や特徴抽出に活用できる可能性が示されている。次に、量子コンピュータの開発状況と今後の活用が期待される分野を概観する。量子コンピュータはゲート方式とアニーリング方式に大別される。ゲート方式の方が高い汎用性が期待されるが、現段階で実現されているビット数は限定的であり、これを利用した生命科学研究は本格化するに至っていない。将来的に量子化学や創薬分野で見込まれている活用方法についてまとめる。一方、アニーリング方式の量子コンピュータや、この動作を古典コンピュータ上で模倣するイジングマシンについては実装化が進んでおり、有償での一般利用が可能となっている。その設計上の制約から適用できる問題は限定的であるものの、本講演では幾つかの実施例を、生命科学分野の研究にも応用可能と思われるものを織り交ぜつつ紹介する。

Related papers

強相関電子系の物理(第55回物性若手夏の学校(2010年度),講義ノート)

Norio Kawakami

近年、凝縮系物理で注目を集めている強相関電子系について、いくつかの例を取り上げて入門的な講義を行う。まず、強相関電子系における豊富な物理について説明した後、量子揺らぎの最も大きい「1次元電子系」の話題から始める。1次元系の普遍的性質を記述する「朝永ラッティンジャー液体」を臨界現象という観点からながめてみると、多様性の中に潜む「美くしさ」が自然に浮きあがる。カーボンナノチューブや量子細線への応用も紹介する。次に、多体効果の典型例である局所的な電子相関「近藤効果」について概説する。近藤効果は古くから研究されているが、最近でも重い電子系や量子ドット系など、広い分野で精力的に研究が展開されている。いたるところに顔を出す、とびきり重要な概念である。近藤効果には電子相関のエッセンスが凝縮されており、実験の人もぜひマスターしたい必須アイテムである。最後に「モット転移」の話をする。特に、強相関現象の解明には欠かせない動的平均場理論を紹介する。電子相関効果を扱うことは一般に難しいが、「局所的な相関効果を正確に扱おう」というアプローチが動的平均場のエッセンスである。「平均場なのにダイナミクスが扱えるの?」という疑問にも答えたい。

•Jan 5, 2011•0 citations

量子コンピューティング技術の医学応用の可能性

憲明 八幡, 慶 間島

量子コンピュータの開発が急速に進展している昨今、その本格的な普及が見込まれる2030年代以降のわれわれの生活や社会のあり方についての議論も活発化している。本稿では、量子コンピュータの理解に必要な基本事項に触れ、技術開発の現状や克服すべき課題について述べたうえで、今後の医学分野への応用可能性について論じる。ゲート式量子コンピュータは、その汎用性のためにさまざまな場面での活用が期待されているが、現段階では誤り訂正機能を持つ論理量子ビットを多数搭載するための技術開発が課題で、具体的な問題解決場面で活用されるには至っていない。一方、組合せ最適化問題の解決に特化した量子アニーリングマシンや、古典コンピュータ上で量子コンピュータに迫る効率で線形演算の近似解を得る量子インスパイアドアルゴリズムについては、実際の問題への適用が可能な段階に至っている。今後、こうした種々の量子コンピューティング技術をその発展に応じて段階的に組み合わせることで、たとえば効率的な創薬の支援、人工知能や機械学習を介した医療画像解析の高度化、そして患者データの高度なリアルタイム処理に基づく治療や支援の展開など、具体的な医学応用が視界に入ってくるものと思われる。

•Jul 1, 2024•0 citations

低次元観測者から見た次元上昇と量子現象の構造的類似に関する考察― 1次元から2次元、2次元から3次元への移行を手掛かりとした4次元仮説

昌続 新関

要旨(Abstract)本稿は、4次元を既知の3次元空間に単純な第4の座標軸を追加したものとして想定するのではなく、低次元の観測者が一つ上の次元に属する現象を観測したとき、どのような不可解な現象として経験するかを手掛かりとして、4次元的構造の可能性を考察する思考実験的研究である。まず、1次元から2次元、2次元から3次元への次元上昇を、上位次元をすでに知っている観測者の視点ではなく、低次元内部に拘束された観測者の視点から捉え直す。すると、上位次元を経由する運動や一つの高次元構造の断面は、低次元側からは、突然の消失と出現、通常の経路を通らない移動、離れた位置の強い関連、一つの存在が複数に見える現象などとして現れうる。次に、このような「低次元側に現れる異常の型」と、量子力学における重ね合わせ、量子もつれ、トンネル効果などの古典的直感に反する現象を比較する。本稿は両者を同一であると断定するものではない。既知の次元上昇において低次元観測者に生じる認識上・構造上の特徴を抽出し、その特徴が3次元世界の量子現象にも現れているかを検討するという方法を提示する。この比較から、量子現象が4次元そのものであると結論するのではなく、もし4次元的構造がわれわれの3次元世界に内在しているならば、量子領域はその構造が3次元側へ現れる候補領域の一つではないか、という仮説を提示する。また、この仮説を科学的モデルへ近づけるためには、単なる類似の指摘を越え、次元上昇の特徴を数学的に定義し、量子力学の定量的予測と比較可能な形にする必要があることを論じる。キーワード:次元上昇、低次元観測者、4次元、量子力学、重ね合わせ、量子もつれ、トンネル効果、高次元1 ―問題設定 4次元を「第4の軸」から考えない4次元を考えるとき、通常はX軸、Y軸、Z軸にさらに一つの軸を加えるという表現が用いられる。しかし、この方法は3次元を知っている側から次元を数学的に記述する方法であり、低次元の存在が実際に一つ上の次元をどのように経験するかという問題とは別である。

•Aug 25, 2026•0 citations

線形リスト探索に対する量子質問計算量の下界

裕太郎 酒井

近年,量子コンピュータに関する研究が盛んに進められている.量子コンピュータとは,量子を用いて状態を操作する,現行のコンピュータとは異なる動作方式のコンピュータである.量子とは電子や光子のようなミクロな世界の粒子である.量子は量子力学と呼ばれる物理法則に従うことが知られている.量子コンピュータは量子力学の持つ不思議な性質を利用することで,特定の問題に対し漸近的な改善が期待される量子アルゴリズムを構成することができる. ある問題を解くために最適なアルゴリズムの計算量を, N を入力サイズとしてT(N) としたとき,あるアルゴリズムはT(N) の上界を与える手続きである.一方でT(N) の下界を知ることもまた重要である.計算量の下界を示すことができればアルゴリズムの改良の限界を示すことが可能である.また,定量的な観点から問題の難しさを捉える指標にもなる.計算量下界の証明は量子コンピュータの計算能力の可能性と限界を理論的に知ることに繋がる重要な問題である[H˘S05]. 量子アルゴリズムに対する計算量下界の証明は様々な問題に対して行われている[MBT18, CJR21].例えば前述の非構造探索に対してはΩ(√N) の下界が知られており,Grover のアルゴリズムが漸近的に最適であることが分かっている[Amb02, BBC+01, Zha19].一方で,二分探索は量子計算を利用したとしても漸近的な改善が見られない例である.古典計算においてN 要素の整列された列に対する二分探索はO(logN) の時間計算量で動作する.これに対して量子計算を利用する二分探索はΩ(logN) 回のクエリが必要であることが分かっている[HNS02].このように,問題によって量子計算を利用したとしても漸近的な改善が見られない場合もある. 線形リストは基本的なデータ構造として広く用いられており,古典計算において探索にかかる時間計算量はN を要素数としてΘ(N) である.ここで,量子計算を用いた場合に計算量の上界を示す方法としては古典計算の模倣やアドレス空間全体をGrover のアルゴリズムで探索するなどが考えられるが,下界についての結果は知られていない. 本研究はアドレス空間のサイズをN,リスト長をℓ として,リスト探索を高い確率で成功させる任意の量子アルゴリズムは,量子クエリを少なくともmin(ℓ − 1,Ω(√N))回は必要であることをある仮定のもとで示した.また,末尾要素探索を高い確率で成功させる任意の量子アルゴリズムについても同様にmin(ℓ − 2,Ω(√N))回のクエリが少なくとも必要であることをある仮定のもとで示した.

•Mar 1, 2023•0 citations

量子コンピュータの基礎と物理との接点(第62回物性若手夏の学校 講義)

啓祐 藤井

にある物理に関する新たな知見を得るための強力な実験的手段となるであろう.また,量子物質設計や量子化学 計算などのように潜在的に「量子」の言語で定義された問題を解く上で量子コンピュータが役に立つことは言うま でもなく,今後,機械学習などの一見量子とは関係のない分野においても量子コンピュータがその実現の困難性を 引いても余りあるような貢献をする可能性もある. 一方,情報や計算といった概念は,通常の物理系学部の学生はあまり触れてこなかったと思う.よって,一通り 慣れてしまうまでは,議論の展開が殺伐としていて(それが良いところでもあるのだが)物理とのつながりが感 じにくく思われるかもしれない.最近では,小さいサイズではあるが万能性がある真の量子コンピュータ(IBM quantum experience)がウェブ上で公開されており,誰でも(今のところ)無料で利用することができる.この テキストに書かれていることを自分でサーバー上の量子コンピュータを使って確認してみるのもよいであろう. 今回は,量子デバイスの物理には踏み込む余裕はないが,量子コンピュータの理論は,それを支える量子デバイ スの物理や実験技術の蓄積に支えられている(従来のコンピュータが固体物理学や半導体技術の蓄積によって支 えられているように) .量子コンピュータを実現するためには,超伝導量子ビットに代表されるような量子情報デ バイスの物理をよりよく理解し,それを制御するための技術も重要な鍵となってくる.実験に興味がある意欲的 な学生は,量子情報デバイスの物理にも挑戦してもらいたい. 《講義ノート》 物性研究・電子版 Vol. 6, No. 4, 064217(2017年11月号) * 1 内積とは,線型空間の任意の2つの元 |ψ⟩ と |ϕ⟩ と複素数 (|ψ⟩, |ϕ⟩) ∈ C に対応させたものである. * 2 完備性とは,コーシー列 ∥|ψ⟩n -|ϕ⟩m∥ → 0 が空間の元 |ψ⟩ に収束する ∥|ψ⟩n -

•Nov 1, 2017•0 citations

双極子スピン系の長距離相互作用と相転移:周期境界条件なしの場合

米谷 佳晃

長距離相互作用系のシミュレーションで有限距離のカットオフ計算を行うと、様々なア ーティファクトが生じることが知られている。特に問題となるは、カットオフ距離を長くしても計算結果が改善されず、逆に悪化することである。例えば、水の分子動力学シミュレーションでは、層状の配向構造へ転移することが知られている。同様の現象は、双極子液体や双極子スピン系でも確認されてきた。しかし、現象の起源については分かっていないことが多い。我々は、層状構造が純粋にカットオフによって生じる安定構造と考えてきた。一方、van der SpoelとMaaren は、カットオフだけでなく周期境界条件を適用したことで、層状構造が生じるという見解を示していた。本研究では、このような見解の不一致を検証するために、周期境界条件をつけずにカッ トオフ計算を行い、層状構造が形成されるかどうかを調べた。

•Sep 19, 2024•0 citations
近年、量子コンピューティング関連技術の研究開発が急ピッチで進められている。本講演ではその現状を概観すると共に、これを将来の生命科学研究、ひいては精神医学研究において活用する見通しについて検討を行う。まず、量子コンピュータで用いられる計算アルゴリズムをベースとして、内積計算や固有値分解などの基本的な線形代数演算、ないし主成分分析・正準相関分析を、古典コンピュータにおいても高速近似する量子インスパイアドアルゴリズム(量子着想アルゴリズム)を紹介する。通常手法による主成分分析・正準相関分析では、取り扱うデータの次元数Dの3乗に比例する計算時間を要するが、量子インスパイアドアルゴリズムを用いると計算時間が対数(log D)程度まで低減できる。従って、これまでは実現困難だった超高次元データの要約や特徴抽出に活用できる可能性が示されている。次に、量子コンピュータの開発状況と今後の活用が期待される分野を概観する。量子コンピュータはゲート方式とアニーリング方式に大別される。ゲート方式の方が高い汎用性が期待されるが、現段階で実現されているビット数は限定的であり、これを利用した生命科学研究は本格化するに至っていない。将来的に量子化学や創薬分野で見込まれている活用方法についてまとめる。一方、アニーリング方式の量子コンピュータや、この動作を古典コンピュータ上で模倣するイジングマシンについては実装化が進んでおり、有償での一般利用が可能となっている。その設計上の制約から適用できる問題は限定的であるものの、本講演では幾つかの実施例を、生命科学分野の研究にも応用可能と思われるものを織り交ぜつつ紹介する。
近年、凝縮系物理で注目を集めている強相関電子系について、いくつかの例を取り上げて入門的な講義を行う。まず、強相関電子系における豊富な物理について説明した後、量子揺らぎの最も大きい「1次元電子系」の話題から始める。1次元系の普遍的性質を記述する「朝永ラッティンジャー液体」を臨界現象という観点からながめてみると、多様性の中に潜む「美くしさ」が自然に浮きあがる。カーボンナノチューブや量子細線への応用も紹介する。次に、多体効果の典型例である局所的な電子相関「近藤効果」について概説する。近藤効果は古くから研究されているが、最近でも重い電子系や量子ドット系など、広い分野で精力的に研究が展開されている。いたるところに顔を出す、とびきり重要な概念である。近藤効果には電子相関のエッセンスが凝縮されており、実験の人もぜひマスターしたい必須アイテムである。最後に「モット転移」の話をする。特に、強相関現象の解明には欠かせない動的平均場理論を紹介する。電子相関効果を扱うことは一般に難しいが、「局所的な相関効果を正確に扱おう」というアプローチが動的平均場のエッセンスである。「平均場なのにダイナミクスが扱えるの?」という疑問にも答えたい。
量子コンピュータの開発が急速に進展している昨今、その本格的な普及が見込まれる2030年代以降のわれわれの生活や社会のあり方についての議論も活発化している。本稿では、量子コンピュータの理解に必要な基本事項に触れ、技術開発の現状や克服すべき課題について述べたうえで、今後の医学分野への応用可能性について論じる。ゲート式量子コンピュータは、その汎用性のためにさまざまな場面での活用が期待されているが、現段階では誤り訂正機能を持つ論理量子ビットを多数搭載するための技術開発が課題で、具体的な問題解決場面で活用されるには至っていない。一方、組合せ最適化問題の解決に特化した量子アニーリングマシンや、古典コンピュータ上で量子コンピュータに迫る効率で線形演算の近似解を得る量子インスパイアドアルゴリズムについては、実際の問題への適用が可能な段階に至っている。今後、こうした種々の量子コンピューティング技術をその発展に応じて段階的に組み合わせることで、たとえば効率的な創薬の支援、人工知能や機械学習を介した医療画像解析の高度化、そして患者データの高度なリアルタイム処理に基づく治療や支援の展開など、具体的な医学応用が視界に入ってくるものと思われる。
要旨(Abstract)本稿は、4次元を既知の3次元空間に単純な第4の座標軸を追加したものとして想定するのではなく、低次元の観測者が一つ上の次元に属する現象を観測したとき、どのような不可解な現象として経験するかを手掛かりとして、4次元的構造の可能性を考察する思考実験的研究である。まず、1次元から2次元、2次元から3次元への次元上昇を、上位次元をすでに知っている観測者の視点ではなく、低次元内部に拘束された観測者の視点から捉え直す。すると、上位次元を経由する運動や一つの高次元構造の断面は、低次元側からは、突然の消失と出現、通常の経路を通らない移動、離れた位置の強い関連、一つの存在が複数に見える現象などとして現れうる。次に、このような「低次元側に現れる異常の型」と、量子力学における重ね合わせ、量子もつれ、トンネル効果などの古典的直感に反する現象を比較する。本稿は両者を同一であると断定するものではない。既知の次元上昇において低次元観測者に生じる認識上・構造上の特徴を抽出し、その特徴が3次元世界の量子現象にも現れているかを検討するという方法を提示する。この比較から、量子現象が4次元そのものであると結論するのではなく、もし4次元的構造がわれわれの3次元世界に内在しているならば、量子領域はその構造が3次元側へ現れる候補領域の一つではないか、という仮説を提示する。また、この仮説を科学的モデルへ近づけるためには、単なる類似の指摘を越え、次元上昇の特徴を数学的に定義し、量子力学の定量的予測と比較可能な形にする必要があることを論じる。キーワード:次元上昇、低次元観測者、4次元、量子力学、重ね合わせ、量子もつれ、トンネル効果、高次元1 ―問題設定 4次元を「第4の軸」から考えない4次元を考えるとき、通常はX軸、Y軸、Z軸にさらに一つの軸を加えるという表現が用いられる。しかし、この方法は3次元を知っている側から次元を数学的に記述する方法であり、低次元の存在が実際に一つ上の次元をどのように経験するかという問題とは別である。
近年,量子コンピュータに関する研究が盛んに進められている.量子コンピュータとは,量子を用いて状態を操作する,現行のコンピュータとは異なる動作方式のコンピュータである.量子とは電子や光子のようなミクロな世界の粒子である.量子は量子力学と呼ばれる物理法則に従うことが知られている.量子コンピュータは量子力学の持つ不思議な性質を利用することで,特定の問題に対し漸近的な改善が期待される量子アルゴリズムを構成することができる. ある問題を解くために最適なアルゴリズムの計算量を, N を入力サイズとしてT(N) としたとき,あるアルゴリズムはT(N) の上界を与える手続きである.一方でT(N) の下界を知ることもまた重要である.計算量の下界を示すことができればアルゴリズムの改良の限界を示すことが可能である.また,定量的な観点から問題の難しさを捉える指標にもなる.計算量下界の証明は量子コンピュータの計算能力の可能性と限界を理論的に知ることに繋がる重要な問題である[H˘S05]. 量子アルゴリズムに対する計算量下界の証明は様々な問題に対して行われている[MBT18, CJR21].例えば前述の非構造探索に対してはΩ(√N) の下界が知られており,Grover のアルゴリズムが漸近的に最適であることが分かっている[Amb02, BBC+01, Zha19].一方で,二分探索は量子計算を利用したとしても漸近的な改善が見られない例である.古典計算においてN 要素の整列された列に対する二分探索はO(logN) の時間計算量で動作する.これに対して量子計算を利用する二分探索はΩ(logN) 回のクエリが必要であることが分かっている[HNS02].このように,問題によって量子計算を利用したとしても漸近的な改善が見られない場合もある. 線形リストは基本的なデータ構造として広く用いられており,古典計算において探索にかかる時間計算量はN を要素数としてΘ(N) である.ここで,量子計算を用いた場合に計算量の上界を示す方法としては古典計算の模倣やアドレス空間全体をGrover のアルゴリズムで探索するなどが考えられるが,下界についての結果は知られていない. 本研究はアドレス空間のサイズをN,リスト長をℓ として,リスト探索を高い確率で成功させる任意の量子アルゴリズムは,量子クエリを少なくともmin(ℓ − 1,Ω(√N))回は必要であることをある仮定のもとで示した.また,末尾要素探索を高い確率で成功させる任意の量子アルゴリズムについても同様にmin(ℓ − 2,Ω(√N))回のクエリが少なくとも必要であることをある仮定のもとで示した.
にある物理に関する新たな知見を得るための強力な実験的手段となるであろう.また,量子物質設計や量子化学 計算などのように潜在的に「量子」の言語で定義された問題を解く上で量子コンピュータが役に立つことは言うま でもなく,今後,機械学習などの一見量子とは関係のない分野においても量子コンピュータがその実現の困難性を 引いても余りあるような貢献をする可能性もある. 一方,情報や計算といった概念は,通常の物理系学部の学生はあまり触れてこなかったと思う.よって,一通り 慣れてしまうまでは,議論の展開が殺伐としていて(それが良いところでもあるのだが)物理とのつながりが感 じにくく思われるかもしれない.最近では,小さいサイズではあるが万能性がある真の量子コンピュータ(IBM quantum experience)がウェブ上で公開されており,誰でも(今のところ)無料で利用することができる.この テキストに書かれていることを自分でサーバー上の量子コンピュータを使って確認してみるのもよいであろう. 今回は,量子デバイスの物理には踏み込む余裕はないが,量子コンピュータの理論は,それを支える量子デバイ スの物理や実験技術の蓄積に支えられている(従来のコンピュータが固体物理学や半導体技術の蓄積によって支 えられているように) .量子コンピュータを実現するためには,超伝導量子ビットに代表されるような量子情報デ バイスの物理をよりよく理解し,それを制御するための技術も重要な鍵となってくる.実験に興味がある意欲的 な学生は,量子情報デバイスの物理にも挑戦してもらいたい. 《講義ノート》 物性研究・電子版 Vol. 6, No. 4, 064217(2017年11月号) * 1 内積とは,線型空間の任意の2つの元 |ψ⟩ と |ϕ⟩ と複素数 (|ψ⟩, |ϕ⟩) ∈ C に対応させたものである. * 2 完備性とは,コーシー列 ∥|ψ⟩n -|ϕ⟩m∥ → 0 が空間の元 |ψ⟩ に収束する ∥|ψ⟩n -
長距離相互作用系のシミュレーションで有限距離のカットオフ計算を行うと、様々なア ーティファクトが生じることが知られている。特に問題となるは、カットオフ距離を長くしても計算結果が改善されず、逆に悪化することである。例えば、水の分子動力学シミュレーションでは、層状の配向構造へ転移することが知られている。同様の現象は、双極子液体や双極子スピン系でも確認されてきた。しかし、現象の起源については分かっていないことが多い。我々は、層状構造が純粋にカットオフによって生じる安定構造と考えてきた。一方、van der SpoelとMaaren は、カットオフだけでなく周期境界条件を適用したことで、層状構造が生じるという見解を示していた。本研究では、このような見解の不一致を検証するために、周期境界条件をつけずにカッ トオフ計算を行い、層状構造が形成されるかどうかを調べた。