秘密量子信号処理
勇人 西窪
Abstract
量子計算は古典計算と比較して,特定の問題について優位に計算を行うことができることが様々な研究で立証されており,現在注目を集めている.中でも,量子信号処理(QSP) というLow とChuang によって提案された,1 量子ビットの回転行列の回転角を変換する技術は一際注目が集められている.この技術は元来,核磁気共鳴における信号強度を増幅するための手法であったが,量子情報科学における重要な問題の一つであるハミルトニアンシミュレーションに対して最適なアルゴリズムを提供することなども証明されており,その応用可能性について広く研究が行われている.具体的にはMaslov らによる1 量子ビットメモリ上での対称ブール関数の計算などがある.古典計算では1 ビットメモリ上で対称ブール関数を計算することは不可能であることが知られており,この結果は量子計算の優位性を示していることが分かる.この計算プロトコルにおいて,QSP は1 量子ビットメモリで計算するための核を担っている. 本研究ではQSP について暗号理論の観点からその応用可能性について検討し,その結果,新たな応用として秘密量子信号処理(PQSP) を提案する.PQSP は秘密同時通信(PSM) と呼ばれる計算モデルにおいてQSP を実行するプロトコルである.具体的には,それぞれがQSP の回転角に関する秘密の入力をもつn 人の参加者が,一人の独立した評価者を通じてQSP の出力ユニタリ行列を計算するというものである.PQSP では評価者に対して各参加者が持つ秘密の入力が,出力から洩れる情報以上に洩れることがないことを保証しつつ,参加者から評価者へ送信されるメッセージの通信量が無限の場合は完全に正しい計算結果を得ることができる.ただし,通信量を有限とするためには各参加者の送信するメッセージを有限精度で表現する必要があり,その際にはPQSP が最終的に出力する行列に誤りが発生する.よって,本研究ではこの精度と誤りのトレードオフについての評価も行う. PQSP の応用例として,先述のMaslov らによる1 量子ビットメモリ上での対称ブール関数の計算が挙げられる.本研究では,Maslov らの手法で使用されているQSP をPQSP と置換することで,1 量子ビットメモリ上で対称ブール関数を計算することができるという優位性はそのままに,PSM モデルにおいて評価者に対して出力情報以上を洩らさずに計算が可能であることを示した. また,本研究ではCosentino らによって提案された1 量子ビットプロトコルに対してPQSPで用いる秘匿化手法を適用することで,PSM モデルにおいて1 量子ビットメモリ上で任意のブール関数を計算することが可能なプロトコルである秘密1 量子ビットプログラム(P1QP)を提案する.P1QP はPQSP の応用で計算可能な対称ブール関数より大きな関数クラスに属する任意のブール関数を計算可能であることから,より一般的であるといえる.